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~からから くくり ことのは めぐる~
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これは、彼女がまだ『学園』にいた頃の、嬉しかった思い出の話。

 少し蒸す、気だるい昼下がり。木陰の、比較的涼やかな風の通るベンチに座って。
 研究に関わりそうな参考書をのんびりと斜め読みをしていた。通りに面して設置されたベンチに腰掛けていたために、視界の隅に見知った人影を見つけるのはたやすい。
 気付いてエルフは微笑んだ。手を振れば、人影もこちらに気づいてかけてくる。
 駆け寄ってきて、挨拶もそこそこに、彼女はじっとこちらを見て、言った。

「シエルおねーさん、キスしてもいいか?」

 真面目な顔をしての問いかけに、思わずエルフは目を丸くした。
 ひざに広げていた参考書が、ばさりと落ちる。気付く間もなく、すかさず目の前の相手はそれを拾うと、はいと差し出した。

「ありがとう」

 手を伸ばし、参考書を受け取る。うっかりとどこまで読んだかわからなくなってしまった。
 いや、それよりも。

「……キス?」

 エルフ―シエルリタ―は瞬きながら尋ねた。確認を込めた問いに、是と返ればああやっぱりと頷いて。
 しばしの沈黙と共にシエルリタが考えていると、発端の相手がのぞきこむようにして笑う。

「キスには魔法があって、そのキスの場所によって意味が違うと聞いたんだ。シエルおねーさんにも、サーバから日ごろの感謝を込めて、魔法のキスをあげたいと思って!」

「……あ、そういう意味か」

「そういう意味」

 どんなことを考えてたんだ?と銀色の狼の少女―サーバント―は笑みを深めた。
 もちろんシエルリタは言えるはずもなくて、ほんの少し頬を赤らめながら、なんでもないよと返した。

 キス、という言葉に柄にもなく照れてしまったなんて、とてもじゃないけれど、言えなかった。



 キスには、相手にする場所によって意味を込めることができる。
 その詳しい意味を、シエルリタはサーバントをベンチの隣へと導いて、説明を受けた。

「じゃあ、サーバ嬢は他にも誰かしてあげるのかい?」

 日ごろの感謝を込めて、というからには、きっとほかにもたくさんのひとにその気持ちを伝えにいくのだろう。
 予想通り、にこにこと笑いながらサーバントは指折り数えてキスの感謝をおくる人物の名をあげていく。その中にはシエルリタも知る人物も含まれていて、彼女からのキスに同じようにくすぐったい嬉しさを感じるのだろうな、とその様子を思い描く。
 微笑ましさに笑みがこぼれる。

「キスの意味は、いくつあるの?」

「えぇと・・・全部で22だったかな!」

「誰に、どこへはもう決めたのかい?」

 聞くだに、様々な場所があるらしく、またその意味も肯定的なものから情熱的なものまで様々だ。中にはやはり赤面するような場所もあって、なんとなくふぅん、と上ずった様子でシエルリタは相槌を打つ。
 ふと思い立っての質問に、サーバントは目をきらきらさせながら応える。

「えぇ、とな! 決まってる人もいるし、まだの人もいる!」

「そうかそうか。じゃあ、サーバ嬢はわたしにはどこにキスしてくれるか決めているのかい?」

「う」

 とたんに顔を曇らせたサーバントは、小さくうなって腹の前で指をからませる。
 どうやらシエルリタは「まだの人」だったようだ。目を泳がせている様子におやおやと様子をうかがう。
 小さな声で、サーバントは実は、と口を開いた。

「シエルおねーさんに、感謝を込めてキスしたいとは思ったけど……どこにするかまでは考えてなかった」

「……おや」

「意味に迷って、決められなかったんだ……」

 あからさまにしゅんとした様子に、思わず微笑んで。柔らかく手触りのよさそうな髪へと手を伸ばし、するりと撫でる。
 案の定、普段接している様子から感じた印象そのままに、柔らかくまっすぐな感触に、少女が悩む間、エルフは髪をなで続ける。
 どうしようかな、と考えつつ、そういえばと思いいたると同時に唇は言葉を紡いでいた。

「別にね、わたしはサーバ嬢がキスをくれなくてもいいんだよ? そうしたいって思ってくれたのが嬉しいんだから」

 シエルリタの言葉に、ぴくりと耳がそよいだ。上げた顔の、ふたつのまなこに、にこりと笑いかけて。
 よしよしと頭を撫でた後、指にかかる髪をふわりと仰いで、額をあらわにする。

「わたしは、サーバ嬢のそんな、優しくて温かい人柄が大好きだよ。そうあれる素晴らしさに、敬意とこれからもそうであってほしいと願いを込めて」

 秀でた額に、そっと唇を落とす。
 その意味は、「祝福」。

「シエルおねーさん……」

 ぽかんと見上げた瞳に再度笑いかけると、くしゃりと少女の顔がゆがむ。
 一度驚きの色を宿した顔はうつむいたかと思うと、次の瞬間にがばりとあがり、

「ずるい!」

 叫ばれた。

「ずるいぞシエルおねーさん!サーバがキスしたかったのに!」

 先にやってしまったことに、不興を買ってしまったようだ。けれど、シエルリタは悪い気はしない。もちろん申し訳ないと言う気持ちもない。
 あるのは、嬉しいということばかりだ。少女が、伝えようとしてくれている気配に。

「ああ、ごめんごめん。ついやってしまったよ。まぁ、わたしも日ごろからの感謝を込めて、サーバ嬢に思いのたけをぶつけてみたというわけさ」

 だから言い訳の様子もないままに、言葉をつなげる意味で謝罪を口にする。
 それで、と座りなおし、首を傾げてシエルリタは言う。

「わたしにキスはくれるのかな?」

「ううううううう」

 悔しそうな表情の少女に思わず笑い声をあげて、シエルリタはサーバントからのキスを待った。
 少女の表情は可愛らしくて見あきないし、過ごしやすい状況で気持ちの良い風が吹いている。ぼんやりなごむには最適だ。
 そのまま待っていると、きっ、と少女は決意を浮かべた瞳でシエルリタを見た。

「決めた。シエルおねーさん、ちょっとかがんでくれ」

「了解」

 背筋の筋をゆるめ、背もたれに背中を滑らせるようにして身を低くする。サーバントはよいしょ、とベンチから飛び降りると目の前に立った。
 
「シエルおねーさん、いつもありがとう」

 肩に手を置かれて、近づいた体の陰におもわず瞬きした瞬間。
 ちゅ、と軽い音を立てて少女からエルフにキスが贈られた。その場所は、瞼。

「おや………?」

「サーバにとって、シエルおねーさんは憧れなんだぞ」

 得意満面の笑顔に向き合って、これはやられたと思った。
 ずっと憧れていてもらえるように、頑張らないとと思った。その心のままに微笑んで、まずは一番に口にする言葉は。

「ありがとう、確かに受け取ったよ」

 確かな信頼への、礼の言葉。
 ある日の昼下がり。暑さの合間に。想いを込めた、優しい贈り物を、ひとつ。







***
ある素敵なイラストを拝見させていただき、思わず書きたくなって作ったお話。
塔の長女は卒業してしまっているので「過去」となってしまうのですが、とてもとても嬉しくて、親としてはとてもありがたくて。
長女は、照れくさくて嬉しくて、そして今思い出すと、少しさみしくなっているようです。
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